生産管理
2020/1/31
中小企業のヒューマンエラーを減らす、製造現場のミス対策とは
ヒューマンエラーは、1人の作業者が原因で発生するものではありません。その作業者本人の資質だけでなく、作業者を取り巻く人間関係や職場風土、作業環境、作業指示、作業マニュアルなども要因となります。中小企業の現場でできるミス対策を、専門家である(株)石川改善技術研究所の石川雅道氏が解説します。
中小企業からのよくある質問
工場での従業員のミスが増えており、困っています。ミスを減らすために有効なやり方があれば教えてほしいです。
この質問に回答する専門家
株式会社 石川改善技術研究所
代表取締役
石川 雅道
家電メーカーにてデバイス・半導体の生産ライン企画、設計、立ち上げなど行いながら、生産性向上を目的とした改善活動も担当。「グローバルよりローカルに」「集中より分散」とものづくり現場を鼓舞するエンジニア。
目次
防止策があってもエラーは起きる
昨今のニュースでは、高齢者による車の操作ミスや高速道路への誤進入による交通事故が取りざたされています。今後は、ブレーキペダルとアクセルを踏み間違えない製品や、誤進入を運転者に知らせるなどの仕掛け導入に大きな期待が寄せられます。ビジネス現場の場合、ヒューマンエラーによって多くの命を危険にさらす可能性を秘めるのは、電車やバス、航空機などの運輸業界です。こうした現場では徹底した安全教育が繰返し実施されてきました。
伝統のエラー防止策
ヒューマンエラーを防ぐ方法のひとつに、「指差し呼称」があります。元々は蒸気機関車の運転手から始まったことで、近年では、あらゆる製造業や医療業界でも行われています。対象を指で差し、声に出して確認することで脳が活発に動きます。指を差す人が前向きの思考になり、緊張感や集中力を高める効果があると言われています。これは日本が世界に誇るべき方法で、厚生労働省のホームページでも紹介されています (https://anzeninfo.mhlw.go.jp/yougo/yougo72_1.html)。
考えられないミスが発生する
そうした防止策にも関わらず、どうしてもヒューマンエラーは発生します。2017年にJRの変電所トラブルで停電が発生し、山手線など首都圏の主要路線の運行が一時止まり、大きな影響を出したことがあります。
電気を遮断せず電気回路スイッチの点検を開始し、過電流が流れたのです。点検時に電気を遮断するのは基本中の基本ですが、それを疎かにするような現場に問題があります。
こうしたミスが起きている現状は、日本の高い品質を揺るがす重大な局面となっています。
エラーは連鎖する
電気を遮断せずに作業を開始したことは、その作業をした人に落度があります。しかし、安全に配慮すべき行為を、彼だけに任せた作業チームやチームの責任者にも大きな問題があると考えます。仮に誰かが立ち会って遮断操作を確認すれば、あるいは「電気遮断確認」と声を掛ければ、このエラーは起きなかったでしょう。“たかが遮断操作”と安直に考えていた雰囲気もあったのではないでしょうか。エラーは、起こした人のミスだけではなく、連鎖した結果起きるのです。想定されうるミスを防止する機能や規則がその役割を果たさなかったことに、大きな問題があります。
従業員のミスが増えて困っている中小企業の現場でも同じようなことが考えられませんか。
“教育も会話の時間もない”職場
雇用が流動化され、短期間の契約社員などが混じることで、チームの結束力が弱くなっていませんか。
隣の作業者が困っていても、見て見ぬふりするような職場になっていませんか。
仕事の「経過」より「結果」を評価する会社の風土がありませんか。
仕事の目的や内容を説明せず、即刻手足を動かすことだけを指示する現場があるそうです。そこで働いたという人は、「名前すら覚えてくれない」と憮然としていました。
教育も会話もない現場では、品質に関する意識が欠如するのはもちろん、働く意欲さえ薄れてしまいます。
“時間も気持ちにも余裕がない”職場
出荷に追われる多忙な職場の管理者は「時間がないぞ、急げ」と号令を掛けます。そんななか作業のおぼつかない派遣社員がミスをすると、「これだから慣れないヤツは」と愚痴る声も聞かれます。
しかし、そうした作業者を雇用することは事前に分かっていたはずですから、いつも以上にリスク管理が必要です。時間や気持ちに余裕がないとミスにつながります。仮にミスが起きたとしても、ミスをした作業者に責任を押しつけてはいけません。
現場の責任者として作業者に注意したことを、相手が正しく理解したか確認する余裕がなかったことこそ問題なのです。
“人を咎めるだけの”職場
最初の人が行った結果に間違いがないか、別の人が確認するダブルチェックという手法があります。しかしそれでもミスが発生して、管理職が頭を抱えるというケースは珍しくありません。
この場合、「前の人がチェックしたから大丈夫」とか、「間違ったら後の人が正しく直してくれるだろう」と安易な気持ちになっていることが多いのです。
ミスを犯した作業者の落ち度を咎めるのではなく、正しい確認方法を教えきれない指導者に責任を感じてほしいと思います。
エラー防止の条件整備
ヒューマンエラーの発生原因は作業する本人だけに限りません。 作業者を取り巻くマニュアルや設備、環境、人も影響します。こうした複数の要因からエラー防止を考えるべきとして、SHELというモデルがよく使われます。上図のように本人(L)を中心に、アルファベットのS、H、E、Lの四つの要素がジグソーパズルのように囲いますが、そのパズルのどれかひとつでも不具合があると隙間が生じてエラーやミスにつながります。
働く人に優しい職場ですか
作業する職場環境(E)は適切(例えば騒音や室温、明るさに配慮している)でしょうか。使用する設備や工具(H)が使いにくかったり、作業マニュアル(S)の説明が分からなかったりすれば、作業者をイライラさせて集中力を失わせることになります。
経営者が、SHELが噛み合うよう少しずつでも投資をすれば、作業する人達もその思いを感じ取ってエラー防止に取り組みます。
作業者本人の能力向上にも取り組もう
仕事のパフォーマンスは、本人の健康状態、職場の風土、コミュニケーション、やる気、モチベーションなどに左右されます。しかし、エラー発生を防ぐ大きな武器となるのは作業者本人の能力向上です。
入社後の技能訓練、コミュニケーション訓練等社内外で能力向上の場をつくってあげましょう。現場の問題に「気づく力」がつきます。作り方が難しい製品で慎重に作業を進めたり、部品の異常に気がついたり、より効率的なやり方を考えたりするようになります。職場全体でもそうした方向に仕向けてあげることです。
周囲の役割
現場で働く人達はひとつのチームです。その職場にある知識、経験、情報を皆で共有しメンバーが能力を遺憾なく発揮させると相乗効果が生まれます。
2019年に行われたラグビーW杯の試合を思い起こして下さい。“ワンチーム”を実現するには良き人間関係を保つことや、職制に関わらず意見が言える職場の雰囲気が大切です。
チームリーダーは、メンバーに仕事の目標を伝え、皆が達成感や連帯感を味わえるようにマネジメントすることが求められます。そのためにも話しやすい職場になるように、自ら積極的にメンバーとコミュニケーションをとってください。
立ち止まって見る
SHELモデルに沿って、マニュアルや設備、環境、人に対して予め対策することの重要がご理解いただけたでしょう。ここからはさらに具体的な防止策をご紹介します。作業を止めて見回す
急いでいる人が車を運転していると、信号を見損なう危険性があります。生産現場やサービスの現場でも同様です。
一度立ち止まって、自分の周囲をじっくり見渡して異常がないか確認する時間をとりましょう。例えば、休憩後や昼食後の生産再開時には、3分間それまでの作業したものに不良がないか確認します。使う材料が正常かどうかを確認します。
確認している時間が惜しいと思われるかも知れませんが、気持ちを冷静にして客観的に見ることがヒューマンエラーやミスの防止には絶対に必要です。
人を疑うよりも、正しい方法を採用する
ダブルチェックの信頼性を高めるには、2人で声を掛け合って、どちらも同等の責任を持つようなやり方が有効です。
例えば賞味期限日を確認する時には、1人が印字を読み上げ、もう1人が復唱しつつ確認します。前述の指差し呼称の動作と合わせて行えばさらに効果を発揮できます。
上司であろうと、先輩であろうと、職制の上下に囚われずに行うことが正しい方法です。ミスが発生するなら人ではなく、方法を正すべきです。
規則違反はその場で正す
基準や作業規則の違反は、間違いなくエラーの原因となります。現場でそのような行為を見た時は、その場で注意することが必要です。後で叱っても効果は全くありません。
なぜその規則があるかを丁寧に説明してください。この時、規則を守れと指示するより、作業する人に責任とプライドを持たせるよう指導しましょう。
公共のトイレには、「いつもきれいに使っていただき、ありがとうございます」という張り紙がありますが、これは「きれいに使って下さい」という指示型より効果があるからです。
築城3年 落城1日
「築城3年、落城1日」の格言通り、エラーなくお客様の信用を築くのは難しいものですが、失うのは一瞬です。目先の生産だけを追わず、全体を見回す余裕を持つことを目指してください。
ヒューマンエラーを防ぐには、現場の良きコミュニケーションが必須です。経営者の方や管理職の人は、現場で積極的に声を掛けてください。先に挨拶をして、働く人達の声を聞いて回りましょう。素直な気持ちで働く人達の声に耳を傾け、最後に感謝の言葉を伝えます。良き会社風土が、ヒューマンエラーやミスの発生を少なくします。
専門家紹介
株式会社 石川改善技術研究所
代表取締役
石川 雅道
専門分野
□ ものづくり 生産管理(現場改善、在庫削減、ヒューマンエラー対策、設備改善など)
自己紹介
1951年秋田県生まれ。家電メーカーにてデバイス・半導体の生産ライン企画、設計、立ち上げなど行いながら、生産性向上を目的とした改善活動も担当。国内外の設備技術者にIEや安価で小型の設備である「からくり」教育を行う。2009年に創業し、ミラサポ専門家派遣者などモノづくり支援で現在に至る。
「グローバルよりローカルに」「集中より分散」と今時の流行に抗う考え方でものづくり現場を鼓舞するエンジニア。
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