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2020/1/31

製造現場で働く人たちのモチベーションをアップさせる多能工スタイル

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2000年頃までは世界1位を誇っていた日本の製造業の一人当りの労働生産性は、労働時間の少ないイギリスやフランスより低くなったことをご存知でしょうか。
「労働生産性の国際比較 2018 - 公益財団法人日本生産性本部」
今回は、中小企業の製造業における生産性向上を目指して、働き手がモチベーション高く仕事に挑む多能工について、(株)石川改善技術研究所の石川雅道氏が解説します。

中小企業からのよくある質問

製造現場で働く人たちのモチベーションを上げたいのですが、良い方法はありますでしょうか。

この質問に回答する専門家

石川 雅道さん画像

株式会社 石川改善技術研究所

代表取締役

石川 雅道

家電メーカーにてデバイス・半導体の生産ライン企画、設計、立ち上げなど行いながら、生産性向上を目的とした改善活動も担当。「グローバルよりローカルに」「集中より分散」とものづくり現場を鼓舞するエンジニア。

目次

見出しアイコン世間から注目を浴びた多能工

コンベアを使ったライン生産ではなく、モノの取り置きのムダを減らしたセル生産方式が誕生したのは90年代半ばのことです。製造現場はムダを減らす過程で単能工から多能工へ必然的に進化しました。
多能工の人たちは自分の存在価値を認識し、モチベーションがアップしました。生産性は上がり、海外との競争に勝てる現場に変わったのです。

「今つくったモノが欲しい」
筆者が製造業者の方から直接うかがったことです。90年代のこと、ある販売会社で、ワープロの拡販を狙って東京八王子の家電量販店に製造現場を仮設し、作業者一人で商品組立をデモして見せました。
一人のお客が、販売用に山積みされた商品があるにも関わらず、「今そこでつくった商品が欲しい」と、組み上がったばかりの商品を購入しました。お客の思わぬ行動に、作業者は満面の笑みでした。一人でつくったことで、とてつもなく優れた商品に思えたそうです。多能工が世間に知られ始めたエピソードといえるでしょう。

ものづくりの達人誕生
2004年6月25日、日経新聞の全面広告に「3100の部品からなる一台を、たった一人で組み立てる達人がいます。」というキャッチコピーとともに、実際に生産を担う女性作業者が無数の部品に囲まれて立っていました。人間の能力には限界がないと世間にインパクトを与える企業広告でした。
その企業では、優れた技能を所有する作業者を「マイスター」と称して高く評価しています。一人で多くの部品を扱うのは難しく、うっかりミスも発生しやすいと思われるでしょうが、製品のつくり方の筋道を理解していることが集中力を増し、プライドを持って仕事に励むのです。

見出しアイコン中小企業では多能工の実現が難しい?

貴社での多能工の取り組み状況はどうでしょう。「うちの社員には無理だ」と諦めている経営者はいませんか。“ものづくりのためのひとづくり”を怠っていませんか。多能工は、働く人の能力や意欲を高めます。働く人が5つの欲求にある上位の段階を目指すように促しましょう。

育成には時間も人も必要
仕事は、できる人に任せておくことが苦労もなく、安心できるでしょう。敢えて慣れない仕事を覚えさせようとすると、教える方も教えられる方も余計な時間を必要とします。
教える方は、それまで自分の勘やコツとして身体に染みついていたものを、具体的に伝えるために言葉や絵にするなどの努力が必要です。教えられる方も「あの人の教え方は分からない」などと不満があると軋轢も生じ、一時的には生産性低下に陥ることもあります。しかし、そうした取り組みを行うことで会社の問題点を浮き彫りにし、将来戦える力が育つのです。

“多能”への対価が必要
「多能工には給料を高くしないと」という声があります。多能工になった従業員から「折角一人で3倍、4倍の仕事をしたのに給与は同じか」と不満が出るからです。
多能工化の目的を、人を減らして労務費を圧縮するための手段と考えている経営者がいたら問題です。生産性を上げて利益を出し、賃金に反映させることは当然です。
そのほか新たな知識や技術の習得に励む条件を整え、多忙な部署を応援して負荷の平準化を行うなど、働きやすい環境をつくることも社内で多能工をつくる目的です。

意欲のない従業員はどうするか
意欲のない従業員が多いと、製造スタッフの嘆きを聞きました。「多能工なんて」と拒絶されるそうです。
自分の役割が拡がると、精神的にも肉体的にも負担が大きくなると不安を持つのです。「意欲がない人に無理強いしても」と考えて諦める現場が多いようですが、果たしてそんな現場が将来生き延びられるのでしょうか。
モチベーション向上が図れるような職位導入や、人の成長を評価する人事制度導入も合わせて考えたらどうでしょう。認めることが人をやる気にさせます。

見出しアイコン現場の進化で多能工が誕生

低賃金の新興国でさえ、ものづくり現場で改善活動が行われる昨今です。最早、多能工なくして国内のものづくりで勝てることはないでしょう。

必然的に多能工が生まれる
上図の「多能工化 改善イメージ」を説明します。
ライン生産で起きる手待ちや取り置きのムダを廃除した結果が、多能工のセル生産となります。機械工場でのモノの流れを重視すると、多台持ちから多工程持ちへ必然的に進化が起きます。
単一作業や一種類だけの設備担当から、多数の作業や異なる種類の設備担当にすることが、人の働く意欲を高めます。自分が担当していた領域以外を知ることは、新たな知識取得や視野拡大を伴い、自分の仕事の問題点に自ら気づくことになるからです。この“気づき”がモチベーションを高め、自ら考える社員を生み出す力となります。

多能工の利点
多能工化は以下のような利点があげられます。

1.仕事の流れを理解し、会社への貢献やお客様との繋がりを意識できるようになる
2.目的を理解し目標達成を任せられると、自ら考えて行動するようになる
3.負荷の変化に合わせて人の配置や生産体制の柔軟性が増す

また、雇用の流動化によって同一現場で働くことが短くなる傾向にあります。しかし、職場に自分のスキルが順次アップしていける仕組みと評価制度があれば、長期的に働く気になり、雇用の安定化が見込まれます。

自ら行動して工夫することで得られるもの
2018年に行われた日本IE協会の年次大会で、あわら温泉の旅館の働き方改革事例が紹介され喝采を浴びました。この旅館は2018年の中小企業白書でも取り上げられています
(https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H30/h30/html/b2_3_1_2.html)
具体的な取り組み例として、営繕担当者が負荷の減る時間帯に、宴会場の準備を手伝うよう多能工化しました。すると、従業員が食器の置き方や配膳の配置の仕方を、誰でも分かる資料にまとめました。前述のような「自ら行動する」のお手本です。その結果、従業員の週休2日実施と給与アップが実現しました。

見出しアイコン能力を誇れる職場に

多能工は、経営者が「多能工を育てる」という方針を従業員に打ち出すことが必要です。現場を担う管理職は、社員をどういうレベルに育てるか具体化しなければいけません。社員の進化が見えるようにし、認め、褒める職場づくりをしましょう。

社員の努力が見える職場に
社員の能力レベルや努力の経緯を見える化します。
例えば上図左側のように、一般的に知られているスキルマップを4段階に評価して、達成レベルがどうなっているかを一目で分かるようにします。
また上図右側のように、社員が自己啓発として取得した資格も会社として評価することも有効です。能力向上が社員の励みとなり、挑戦意欲を湧かせます。
認めて評価することが、少数精鋭の職場づくりや、やる気の高い社員の育成になります。

働く意欲を後押しする
ライン生産のような分業方式は、短時間で能率をあるレベルまで上げるには良い方法ですが、働く人の意識は向上できません。
本来、人は向上心を持っているものです。働きが認められて、感謝されて、自分の創意工夫が加えられて、初めて働く意欲が生まれます。また、いくつかの役割を受け持つことで、信頼されていると自負するようになり、仕事への意欲がさらに増します。経営者や管理者が感謝を示し一声掛けることが後押しになります。

利益は還元する
多能工で生産性向上が達成でき余力が生まれれば、残業時間の削減、有給休暇の取得などを実施できます。
ただ、多能工になって残業時間削減を実現することで手当まで減ってしまっては、働く人の意欲向上にならない場合があります。生産性が上がった分は、貢献した作業者に何らかの形で返すべきではないでしょうか。
生産性向上で利益が確保できたら、会社の持続的成長と納税、そして働く人へ、それぞれ3等分するくらいの考えがあって然るべきでしょう。

見出しアイコン多能工で働き改革を実現しよう

「多職能、休暇願いに、笑み浮かべ」(金辰吉著 日刊工業新聞社発行:「セル生産の真髄」より)という川柳があります。セル生産が生まれて間もない頃、ある工場長が作ったと聞きます。多能工の誕生によって代理の作業者がいるので、休暇取得も個人の自由となったことを詠んだのです。

製造業の中小企業の働き方改革を実現するのは、作業する人の能力が最大に発揮できるように「多能工」を育成することです。働く意欲が増すような会社の仕組みの上に多能工が活かせます。

専門家紹介


石川 雅道さん画像

株式会社 石川改善技術研究所

代表取締役

石川 雅道

専門分野

□ ものづくり 生産管理(現場改善、在庫削減、ヒューマンエラー対策、設備改善など)

自己紹介

1951年秋田県生まれ。家電メーカーにてデバイス・半導体の生産ライン企画、設計、立ち上げなど行いながら、生産性向上を目的とした改善活動も担当。国内外の設備技術者にIEや安価で小型の設備である「からくり」教育を行う。2009年に創業し、ミラサポ専門家派遣者などモノづくり支援で現在に至る。
「グローバルよりローカルに」「集中より分散」と今時の流行に抗う考え方でものづくり現場を鼓舞するエンジニア。

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