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2020/3/3

リスクヘッジに不可欠な契約交渉のコツ

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『全く別業界の某有名大手から業務提携も視野に入れた共同開発の打診がきたんだ。とてもいい条件で、うちは中小企業といっても〇〇の技術には自信がある。早く契約をしてしまわないと別の企業に行くかも、急いでくれ、と言われて、契約交渉どころか差し出された書面をろくに読みもせずハンコを押したんだ。しかし様子がおかしい。ろくに開発成果も発注もないまま、一年後に一方的に契約が打ち切りになった。変だな? と思っているとその半年後、うちの秘密情報や知財を使って新たなビジネスを独自で始めたようだ。ひどすぎる!』

これはある中小企業経営者の、契約に関する独白です。今回は、中小企業から寄せられる契約リスクや契約交渉のコツについてのよくある質問に、企業での契約業務や契約交渉など、法務全般に詳しい朽木鴻次郎氏がお答えします。

中小企業からのよくある質問

新しい取引先と付き合い始めるにあたって、トラブルにならないようきちんとした契約をしておきたいと思います。契約交渉を進める上でポイントやコツなどあれば教えてください。

この質問に回答する専門家

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企業研修講師(フリーランス)

朽木 鴻次郎

一橋大学法学部卒業後、数社での経験を経て、2004年から任天堂勤務。国内外のサプライチェーンでのCSR/法令遵守推進活動に従事の後、2018年退職。一貫して法務畑。

目次

見出しアイコン「オープンイノベーションの罠」


冒頭に掲げた事例は、まさに今、現実に起こっている問題に基づいています。

オープンイノベーションとは、異業種異分野の企業がオープンに結びついて、革新的な成果を生み出そうという試みです。オープンイノベーション自体は業界の垣根を超えた挑戦であって、否定されるべきものではないのですが、

”かけ声とは裏腹な「名ばかり共同研究」のあくどい事例が多く見つかった”(引用:「名ばかり共同研究」で知財搾取726件、公取委 オープンイノベのわな|日経XTECH )とのことです。

引用記事によれば、共同研究や共同開発の取引先が知的財産権などを搾取する事例が多数存在するといいます。公取委が約3万社を対象に行った調査によると、回答した約1.6万社のうち、実に641社が不当な搾取を受けていて、搾取件数は726件に上ったという結果が出ました。ノウハウや企業秘密、知的財産の開示が強要されたり、研究対象外の知財の無償提供が現場レベルで行われる場合があるともいわれています。

●巧妙に仕組まれた契約にご用心

このような「オープンイノベーションの罠」を大口の取引先が優越的な立場を利用し強要してきたなら、それは独禁法に抵触する違法行為であり(優越的地位の濫用)、許されるものではありません。

冒頭に掲げた事例のように、先方の甘い言葉を信じ、契約内容を精査せずに調印。そして、相手方に一方的に有利な契約条件にがんじがらめにされてしまうという場合も少なくはありません。一読すらしないのは論外ですが、巧妙に仕組まれた契約文言に隠された不当な条件をみつけるのは、簡単ではありません。ではどんなことに気をつけたらいいのか、基本的なことから考えてみましょう。

見出しアイコン契約交渉に入る前に(「合意可能領域」と「代替策」を考える)


契約交渉に入る前に、相手方企業やその業界をよく研究してください。さらに相手方企業の競合他社についてもよく調べておくことです。もしかしたら相手方企業の競争相手の方がいいパートナーになるかもしれません。また、その取引でのメリットやデメリット、譲ってもいいものと譲れないものの区別など、しっかりと整理しておきましょう。

「できるだけ有利になるようにするんだ!」という意見も聞きますが、それは逆にいうと、事前には何も考えていないのと同じことです。ここからここまでなら合意してもいい、他は捨ててもいい、という「合意可能領域」をあらかじめ考えておくことです。

合意可能領域と同時に考えておくべきなのは「その交渉はやめてもいいものなのかどうか」という点です。やめてもいい、別の相手と契約してもいい。そういう「代替策」を持って臨む交渉は最強といえるでしょう。

合意可能領域や代替策は、交渉が本格化するに連れて変化する、変化せざるを得ないことも多いですが、それでいいのです。その変化をしっかりと認識し、社内の関係者と共有協調することが大事です。「合意可能領域」「代替策」とは、いわば交渉という航海の羅針盤のようなものなのです。交渉の過程で示す方向は変化します。

●「合意可能領域」と「代替策」への攻撃

ネットなどで「交渉術」を検索したり、交渉ノウハウをテーマとした本を読んだりすると、そこに述べられている交渉術のほとんどは当事者の「合意可能領域」と「代替策」に対する揺さぶりや攻撃です。それほど「合意可能領域」と「代替策」は、交渉には大事なものです。

例えば中古のクラシックカメラが欲しいとして、ネットオークションでは3-7万円が相場となっており、4-5万円を合意可能領域と考えたとしましょう。街の専門店には同じ機種のカメラが数台あり、6-15万円の値札がついていたとします。この場合、専門店で買わないで、オークションで購入するというのが「代替策」です。専門店の店主に、8万円の値札がついている個体の値下げを交渉します。店主は「オークションなんて信用できるのか?」と言うでしょう。それは「代替策」に対する揺さぶりです。また「うちで扱うカメラは、専門の技術者がちゃんと整備しているものだから決して高くない」とも言うでしょう。それはこちらの「合意可能領域」に対する攻撃です。

冒頭のケースに戻ります。異業種の大手有名企業の「急げ」「早くしないと他に行く」などは、こちらが十分な時間を使ってしっかりとした「合意可能領域」や「代替策」を作り上げないようにするための発言です。

実際のビジネスはこんな単純な構造ではありませんが、本質は同じことです。

見出しアイコン契約交渉に入るに際して


本契約に入る前に、検討する材料をお互いに提供し合うことは普通です。そしてその際には「秘密保持契約」が取り交わされることもよくあります。秘密保持契約はしっかりしたものを結んでおかなくてはならず、気をつけなければならないことが多いのですが、ここでは一つだけ注意すべき重要な点をお教えします。それは

「相手方から提示されたその秘密保持契約書は、本当に秘密保持を契約するものなのか?」という点です。

タイトルだけは「秘密保持契約」になっていても、契約書をよく読むとわかりにくい表現でこちらの知的財産(営業秘密やノウハウ)を取り込もうとしている場合があります。また、今後のビジネス関係は、検討中の段階であるにもかかわらず、こちら側を何か拘束する条件が密かに盛り込まれている場合もあります(相手方のライバルとは交渉はしてはいけない、等)。

また、「秘密保持契約」に限らず、「確認書」や「念書」というタイトルになっている場合もあります。タイトルはどうあれ中身が大事です。「覚書」などというタイトルがついているからといって、軽く考えてはいけません。

●大阪の陣の教訓

場合によっては、書面での契約を結ぶ前に急かすように情報交換を迫ってきたり、工場などの現場訪問を持ちかけられたりする場合もあるでしょう。あるいは、秘密保持契約は結んでいるが、現場で契約外の情報開示を担当者に求められ、応じてしまう場合もあります。

きちんとした秘密保持契約を取り交わす前の、担当者間での情報交換は危険です。こちらの情報が吸い取られるだけではなく、相手方の情報を「不正に詐取された」などと主張され、思わぬトラブルに巻き込まれることもあります。用心してください。

大阪の陣では、難攻不落の大阪城に悩んだ徳川方が、講和で決まった以上に大阪城の掘割を埋め立てて、城を無力化してしまいました。これと同じことが現代のビジネスでも起こっているのです。

きちんとした秘密保持契約が取り交わされないうちは絶対に情報開示に応じない、それくらいの強い意思が求められます。

見出しアイコン契約書はエキスパートに見てもらいましょう

今回は、契約交渉が始まるまでの注意点についてお話ししました。この段階でこちら側の「合意可能領域」と「代替策」をある程度固めておけば、大きく足をすくわれることはないでしょう。ただし、契約書については、良い弁護士や法務のエキスパートのチェックが必須です。「私はリーガル面だけをチェックします。ビジネスについてはわからないですから」とおっしゃる専門家は避けた方がいいでしょう。良い弁護士や法務のエキスパートは、ビジネスと法務は不可分であることを知っていますし、ビジネス面にも踏み込んで具体的な提案や助言をしてくれるものです。

専門家紹介


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企業研修講師(フリーランス)

朽木 鴻次郎

専門分野

□ コンプライアンスを専門分野としている。

□ 「職場でのいじめやいじり対策」「職場でのハラスメントの防止」「パワハラをしないためのアンガー マネジメント 」などの領域に加え「情報漏洩対策」「SNSで不適切な言動をしないために」「ビジネスパーソンのための法務入門」など企業法務全般に詳しい。

□ 職場でのいじめやいじり、ハラスメント相談事例への対応も多数。

自己紹介

84年一橋大学法学部卒業後、数社での経験を経て、04年から任天堂勤務。岩田社長と共にDS/3DSシリーズ、Wii/Wii Uのなどの立ち上げに従事、その後Switchの立ち上げに関わるとともに国内外のサプライチェーンでのCSR/法令遵守推進活動に従事。
18年に任天堂退職後は、様々な企業や自治体で研修プロ講師として活躍中。一貫して法務畑。1960年(昭和35年)生

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