法務
2019/11/19
中小企業の考えるセクハラは古い!? 今こそ確認したい定義と境界線
セクシャルハラスメントやセクハラという言葉が広まったのは80年代の終わりです。当時は冗談のような扱いだったセクハラですが、冗談で済む時代はとっくに終わっています。
ところが時代が変わっても、中小企業では(大企業・有名企業ですら)、まだまだ根絶に至っていないのが実情です。
今回は中小企業のコンプライアンス担当者からの相談に法務の専門家 朽木鴻次郎氏がお答えします。
中小企業からのよくある質問
昔ながらの会社なので、高齢の社員によるセクハラ発言に不安を感じています。彼らの意識を変えてもらうためにも、セクハラとはどういうものかを教えてください。
この質問に回答する専門家
企業研修講師(フリーランス)
朽木 鴻次郎
一橋大学法学部卒業後、数社での経験を経て、2004年から任天堂勤務。国内外のサプライチェーンでのCSR/法令遵守推進活動に従事の後、2018年退職。一貫して法務畑。
目次
あぶないセクハラ言動の例
62歳経理部員(経理部次長で定年後再雇用)のケース
「昔、僕らが新人の頃、当時の部長なんか、給湯室で女の子のお尻をぺろっとナデナデなんて日常茶飯事さ。女の子たちだってキャッキャって笑っててさ。最近はうるさくてイヤな時代だな」
52歳営業部長のケース
「入社2年目の若手が最近元気なさそうにしてるんで、『オレがおごってやるからキャバクラか風俗に連れてってやるぞ!いっそ両方行くか!』と誘ったら、『ぼくはそういうのはちょっと…』だってさ。ハキがないよな、ハキが!」
社歴30年女性システム管理職のケース
「隣の課の〇〇君ったら40すぎても結婚しないから飲み会のときに『まさかゲイ?』って聞いたらまっ青になって、そのまま席外して帰っちゃったのよ。後で本人から無理やり聞きだしたら『内緒にしてください』ですって! 彼、ほんとにゲイだったのね。うちの会社にもいたのね〜」
どれもこれもセクハラです。御社のシニア層はこんな言動を繰り返していませんか?
最新のセクハラの定義を確認しよう
セクハラには上図のように「対価型」と「環境型」があります。対価型とは「給料を上げる」「昇進させる」といった「見返り」つまり対価として性的な関係を求めるものです。
環境型とはヌードポスターを貼る(視覚)、下品な下ネタ発言をする、体を触るなどの言動により職場環境を阻害することです。「雰囲気が悪いな、こんな職場環境で働きたくないな」と思わせるような性的な言動です。
実はこの対価型と環境型という定義は古典的なものです。
現代では、別段「対価」をチラつかせなくても相手が不本意なのに性的関係や交際などを求めること自体もセクハラであると考えられるようになりました。
さらに、環境型では卑猥な言動が問題にされますが、卑猥でなくても性差別的な言動も問題視されています。
古典的な定義に加えて、下図のような「不本意型」・「性差別型」というセクハラが追加的に再定義されています(下図)。
相手がその気もないのに性的な関係や交際を迫ることはセクハラです。また嫌がる後輩男性を無理やり異性が接遇する飲食店や性的サービスを提供する店舗に誘うのもセクハラです(不本意型)。
女性差別や男性蔑視には、無意識に若手社員を「女の子たち」「うちの坊や」などと呼ぶことも含まれます。「男ならこうだ!」「女性はかくあるべし」という固定観念は、性別役割分担意識です。「女性だから昇進させない」などは性差による不利益的取り扱いの典型です。これらはみな性差別型のセクハラです。
さらに性差別にはLGBTへの差別も含まれます。
「ゲイは気持ち悪い」「結婚しないってまさかレズ?」こんな発言はセクハラです(LGBTとは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー といった性自認や性指向を持つ人々の総称です)。
本人の同意なくLGBTであることを公表するのは「アウティング」と呼ばれる行為でセクハラです。アウティングされて当惑した本人が自殺する場合もあります。絶対にしてはならないことです。
昔ながらの会社でシニア層の割合が高い会社では、古典的な「対価型・環境型」の理解が不十分であることはもとより、「不本意型・性差別型」のセクハラには、社員の意識が十分に及んでいないことが懸念されます。
セクハラとは何かについてしっかりと理解し、昔の常識は通用しないのだということを納得していただくことが肝心です。
【注意】職場でのセクハラは、男女雇用機会均等法に「職場において性的言動により従業員等に不利益を与えたり職場環境を阻害すること」と定義されています。この記事では、均等法での定義よりも少し広い概念により職場でのセクハラを解説しています。
というのも「プライベートな飲み会で就活生に対してなら、“職場”でも“従業員”でもない。均等法に抵触しないから、何をしても構わないんだ!」などと破廉恥に法律を曲解する輩が現実にいるためです。
私たちの日常は裁判ではなく、私たちの職場は法廷ではありません。違法ギリギリの線までは許されると考えるのではなく、そのもっともっとずっと手前で止まらなくてはなりません。
セクハラの境界線はどこにある?
「定義はわかった。でもどこからがセクハラになるの? 線を引いてくれよ!」という方、わかりました。上図は「セクハラものさし」です(「Spectrum of Sexual Misconduct at Work」 ハラスメントの境界線 - 白河桃子著 中公新書ラクレ p. 195」を参考に筆者が作成)。
一番上の「性的/差別的とまではいえない」。これはいわば「レベル0」の段階です。
ここに該当する事例は、例えば、配偶者とお子様、ご本人の三人が仲良く写った家族写真を職場の机に飾ることです。
ほほえましいと感じる人もいれば、「なんかモヤモヤする」と感じる人もいます。しかし、普通の家族写真は性的でも差別的でもありません。職場の机の上に家族写真を飾ることの是非は、セクハラの視点ではなく、職場や会社の文化、常識やマナーの点から判断されるべきでしょう。
工場の生産現場であれば、写真に限らずマスコットなどの私物を机に飾ることは許されないかもしれないし、事務系の職場の机にはキャラクター物のミニュチュアが飾ってあることも珍しくはないでしょう。会社の文化や慣習によって判断されるものです。
一番下、真っ黒な「犯罪行為・不法行為」、これは「レベル4」で、どういうものか想像に難くないでしょう。
例を挙げるとすれば、取引先の既婚女性が嫌がっているにもかかわらず交際を迫り、ストーカー行為を繰り返したとか、就活女子学生に人事部門でもないのに「相談に乗るよ」と偽って、会社から離れた繁華街の居酒屋に二人きりでアルコールを無理やり飲ませ猥褻行為をした、などが当たります。
さて、真ん中の三つ。性的言動について
レベル1. 軽度に不適切/差別的・気まずい
レベル2. 不適切・差別的
レベル3. 明らかに不適切/差別的
これらもみなセクハラです。行為者にきちんと説明して、言動をやめてもらうという対応が必要でしょう。
その上で、行為者の処分や対応に当たり、どの程度悪質なセクハラであるのかを判断することになります。
セクハラの程度が「1.」から「3.」へ、そして、「4. 犯罪行為・不法行為」へと進むにつれて、より悪質性が色濃くなっていきます。
それではその悪質性の程度について判断基準ですが、それは個々の企業の業種や企業文化によって多少の違いが出てきますので、一律に断じて論ずることはできません。
しかし、コンプライアンス担当者が中心となって、異なる世代の複数の男女が一緒に検討することで、自ずと結果と方向性は見えてくるものです。
さて、肝心のセクハラの境界線ですが、もうお分かりですね。境界線は0と1の間に引かれます。
0. 性的/差別的とはいえない
—————————————-(セクハラの境界線)
1. 軽度に不適切/差別的・気まずい
決して、3と4の間に引かれるものではありません。
3. 明らかに不適切/差別的
————————————— (犯罪行為・不法行為の境界線)
4. 犯罪行為・不法行為
ここは犯罪の境界線です。
どうやってセクハラの有無や程度の判断をするか
セクハラの有無や程度の判断に当たっては、一定の客観性が必要です。
一応は被害者の性別(男性や女性)の平均的な感じ方を基準とします。
セクハラはいくら行為者が「そんな卑猥な意図や差別意識はなかった」と言っても相手がどう感じたかがほぼ第一です。「平均的な感じ方」という一応の客観的基準はありますが、性的・差別的な言動で相手や周囲が不快に感じたかどうか、それが一番重要なことです。
つまり被害者の感情に寄り添うことが大事なのです。職場にはそもそも「性的な言動(卑猥な言動)や差別言動」は不要なのですから。
啓発活動、研修導入も検討しよう
中小企業の職場でのセクハラ防止のためには、特にシニア層の意識を変えるためにも、まずはこの記事をもとに、コンプライアンス担当者が中心になって社内で議論し啓発活動を行なってみてはいかがでしょう。
あるいはセクハラ防止研修を導入するなどを検討してはいかがでしょうか。そしてセクハラのない働きやすい職場を築いていただきたいと思います。
【注意】記事では男性が行為者、女性(およびLGBT)が被害者である例を主に示しました。もちろん逆の場合もセクハラになり得ます。しかし現実の問題は、男性が行為者になる場合がほとんどですので、その点はご了解いただきたいと思います。
専門家紹介
企業研修講師(フリーランス)
朽木 鴻次郎
専門分野
□ コンプライアンスを専門分野としている。
□ 「職場でのいじめやいじり対策」「職場でのハラスメントの防止」「パワハラをしないためのアンガー マネジメント 」などの領域に加え「情報漏洩対策」「SNSで不適切な言動をしないために」「ビジネスパーソンのための法務入門」など企業法務全般に詳しい。
□ 職場でのいじめやいじり、ハラスメント相談事例への対応も多数。
自己紹介
84年一橋大学法学部卒業後、数社での経験を経て、04年から任天堂勤務。岩田社長と共にDS/3DSシリーズ、Wii/Wii Uのなどの立ち上げに従事、その後Switchの立ち上げに関わるとともに国内外のサプライチェーンでのCSR/法令遵守推進活動に従事。
18年に任天堂退職後は、様々な企業や自治体で研修プロ講師として活躍中。一貫して法務畑。1960年(昭和35年)生
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